2009年12月24日木曜日

大阪ダルククリスマス会

 先週は寒い日が続きました。
北海道のなかまからは吹雪の大通り公園の写メが届きました。
熊取でも雪が散らつき、駅までの自転車は流石にまいったまいった。
神崎川のカモも首を窄めて寒さを凌いでいます。
カモメは風に向かって飛んでいますが、、、。元気^^

 今年も恒例のダルククリスマス会が23日、行われました。
今年は下新庄に引っ越して初めてのクリスマス。
利用者と支援者の方のアットホームなひと時でした。
クラッカーの合図と共に始まり、利用者がメニューから考え、
下拵えから頑張って作ってくれた食事は最高でした。
みんな、美味しそうに食べていました。笑顔はいいものです。
 続いて、ビンゴ大会。みんな真剣です。
自分も熱くなってしまいました。百貨店の紙袋を選ぶと、
中身はスチールの灰皿。まんまとやられました^^。
 みんな中身を開けながら、マフラーを巻いたり、
パーカーを着たり、楽しんでいました。

 景品の買い物をしたり、包装をしたり、料理をしたり、
クリスマスの飾り付けをしたり、片付けをしたり、
色んな利用者の協力がありました。
 みんなで力を合わせればいろんなことが可能になります。
スタッフが教えるのではなく、みんなで共有し合う。
 ダルクの源点を感じることが出来た一日でした。
今年もあと8日。あっという間の一年だったような気がします。

 ダルクの活動は色んな方のご支援とご協力に支えられています。
この一年、本当にありがとうございました。
 新しい年も、皆様にとって、心温まる一年で有りますように、、、。

                         感謝。 

 
 

2009年12月14日月曜日

フリーダムフォーラム

 今週末は今冬、一番の寒さに成りそうですね。
北海道では、道路が凍結してるって、なかまから聞きました。
ふたご座流星群は観えたかナァー。 

 12日、土曜日、フリーダムフォーラムが行われました。
大勢の方が参加されました。ありがとうございます。
弁護士さんのお話しは、薬物依存症者、家族の方、関係者の方
には、身近な問題で勉強になったと思います。
 質問も多く、盛況のうちに終わりました。

 フォーラムの後は、「いちげん屋会」(毎月、行われている
ダルク、フリーダムスタッフ、支援者の方の交流会)の忘年会が
ありました。自分はもちろん、ウーロン茶。^^
薬物依存症になったから出逢えた人たちです。
いろんな話しが出来、勉強になります。本音で語り合えるひと時です。
 二次会はカラオケ。みんな流石に楽しみ方が馴れています。
昔、営業してた頃のことを思い出しました。
笑わせてもらいました。自分も素面で弾けました。
 気が付けば、最終電車まで3分。ダッシュでぎりぎりセーフ。
みんなが心配してくれてた様で、乗れたことを連絡して、安心して
くれてたそうです。すいません。
 出逢いが与えられ、回を重ねる毎に緊張しなくなり、色んなことを
学ばせてもらえます。ありがとう。
 自分はちっぽけな人間です。周りには沢山の人たちがいてくれます。
自分だけで生きていない実感を味わえた大切な時間でした。
 もうすぐ、ダルクのクリスマス会です。今年も楽しみましょう。

2009年12月4日金曜日

12月に入りました!!

 今年もあと一ヶ月。皆さんにとってどんな一年だったでしょう。
自分には、あっという間の風のような感じがしています。
ダルクの利用者にもいろいろありました。顔ぶれも変わりました。
 コントロールしたくなる自分にとって、無力を徹底的に教えて貰いました。
かつて、自分が仕出かしたことで、スタッフは同じ気持ちでいたとわかりました。
お世話になった責任者に話すと笑っていました。
 「心を開けるのを待つ事」
 「それぞれのハイヤーパワーに任せる事」
 「自分との距離感」
自分が元気で溌剌としていることが、自分のためであることを知りました。^^


 今回は支援して下さっている方のメッセージです。
お忙しい中、ありがとうございました。感謝!!!。

    「10年が過ぎました。」 
 大阪ダルクのスタッフのブログに何か書いてと、お声を掛けてもらい、
この仕事を片付けてからと仕事に励んでるうちに、あっという間に1ヶ月が
過ぎてしまいました。溜まった仕事はやればやるほど、減らずに増えていきます。
でも、大事な仕事は全く出来ておらず、何やっているのだろうという日々。
「こんなことではいけない!リフレッシュ!」と思い、温泉でボーッとしたり、
フィットネスに通ったり・・・。でも、「リフレッシュしなきゃ」と必死になって
やっているような気も・・・。久し振りに見たダルクのブログを読みながら、
フト我に返った気分です。
 10数年前、患者さんにくっついて、高槻の道路沿いのダルクに見学に
行きました。何も判らず、ミーティングに同席し、何を喋っていいのか判らず
目が点で・・・、どうやら新入りと思われていたようで・・・。
 見学のお礼を誰に言えばよいのか尋ねたら、ゴミ出し中の人を指さされ、
その人に挨拶するも、「あっそう」という雰囲気。それから、ダルクは東淀川に
移転し、今年は下新庄に移転。その間、何故かずっと、ダルクやフリーダムの
支援(というよりも、おっかけ)をしている私です。
 ダルクやフリーダムでは、いろいろなことを教えてもらえます。
いろいろなことに気づかせてもらえます。不思議な人たちです。
不思議な場所です。がむしゃらに日々を過ごしている時には、
フト我に返らせてくれます。最初は、薬物依存症の回復について考えたい、
そして看護に活かしたいという思いでした。でも段々と、人と人との関係を
通して、生きることそのものを考えさせてもらっているような気がしてきました。
 フツウ(?)のことをフツウ(?)にする、フツウ(?)に生きることとはを・・・。
薬物依存症の回復、それは、文字や言葉だけの方が判った気になり易いの
ですが、本当の意味は、人と人とのかかわりを通して、時の流れの中で、
気づいていくことなのかと思います。全く薬物依存症に関心を持っていない人や
誤解している人たちに、私が気づかせてもらい続けていることを、少しでも
伝えることができればいいなと思う日々です。
 ダルクやフリーダムに感謝♪♪♪d(^O^)b♪♪♪ 。

     大阪ダルク・アソシエーション理事 宝田





 

2009年11月29日日曜日

大阪ダルク感謝の集い

 11月28日、十三の聖贖主教会にて、「大阪ダルク感謝の集い」が
行われました。
 準備が始まったのは、10月初旬。ダルク創設から、ご協力して頂いている
宇野牧師のご好意により、会場が与えられました。感謝致します。

 前日から、ダルクにて、利用者が料理作りに頑張っていました。
メニューも決め、作っている姿は楽しそうでした。いい顔を見せて
貰えました。
 午後1時から始まった頃には会場はいっぱい、、、。
利用者みんなが緊張しながら、話していました。
支援者、家族の方の話しも聴けました。
「絶叫紙芝居」は一瞬、びっくりしましたが、笑えました。
 テーブルを囲みながら、家族の方が作ってくれた料理も美味しく、
楽しい時間を過ごす事が出来ました。
話す側と聴く側の距離が近く、アットホームな癒しのある集い
だったと想います。
 なんか、懐かしい原点に戻れた様な体験が出来ました。
新しい出逢い、再会を喜びながら、みんなの笑顔がそこには
ありました。
 
 会場をお貸しして頂いた聖贖主教会の方、
料理を作って頂いた家族の方、
当日、献金、献品をして頂いた方、
感謝の集いに来て頂いた方に感謝致します。ありがとうございます。

 準備からみんなで終えることが出来きたことが一番の感動です。
今度はクリスマス会ですね。
 
 
 

2009年11月25日水曜日

岐阜ダルクフォーラムに参加して

 今日は日差しが温かく、神崎川でもカモメ、カモ、鵜など、
いつもより多く日向ぼっこしていました。
 自分は利用者と一緒に階段に足を乗せて、腕立て伏せ。
回数を数えずに、自分で決めずに、崩れるまで。

 11月23日、大阪ダルクから9名で「岐阜ダルクフォーラム」
に参加して来ました。去年と同じ、金華山の観える、長良川沿いの
会場。円卓を囲んで、沢山の方が参加していました。
 施設長の遠山 香さんの笑顔が印象的でした。いつもの笑顔です。
温かい空気に包まれながら、開設準備フォーラムから参加している
自分にとって、嬉しく、感慨深いものを感じます。
 17年、愛知県にいた自分の第二のふるさとです。
握手、ハグの回数以上にパワーを貰うことが出来ました。
感謝です。
 初めて参加する利用者にとっては、緊張と戸惑いと感動と、
色んな想いを感じることが出来たと思います。
自分にもそんな経験があるので、わかります。
なかまとの出逢いと体験を通じて、希望と経験を分かち合う。
みんないい体験が出来ました。

 自分は一人残り、夜には自助グループのミーティング。
ちょうど、知っているなかまの4年のバースディミーティングでした。
いい顔をしていました。ここでも、分かち合いが出来ました。
その後、久々にバーベルを上げました。思ったより上がったので
ほっとしました。日頃の懸垂の成果かな、、、。
自分の変化はなかなかわかりません。
目に見える身体の変化、体質の変化を感じるのは、
自分たちには必要なのかも。

 あくる日は名古屋刑務所にいるなかまの面会に行きました。
1年3ヶ月ぶりらしいです。なかまが覚えていました。
いつも、手紙で力を貰っています。「自分の今はこれでいいのか?」って
思ってる時に手紙が届きます。「さとしさんはそのままでいて下さい。」
その言葉に肩の力が抜ける自分がいます。有り難いものです。
 なかまは目に涙を浮かべながら、笑顔で迎えてくれました。
話さなくても、目を見るだけで、心で話すことが出来ます。
今、ブログを打ちながらもなかまの顔が浮かびます。
「ダルクに戻るときは宜しく。」と云うことばに勇気を貰い、
居続けることの大切さを改めて、想うことが出来ました。
ありがとう。

 さて、11月28日は「大阪ダルク感謝の集い」です。
すでに準備が始まっています。今から、出逢いが楽しみです。

2009年11月19日木曜日

やったぜ!準優勝!!

 寒い日が続いています。いきなりダウンジャッケットを
出して来て、着ています。11月の最高気温が10℃を
切るのは17年ぶりだとか、、、。><
紅葉は一気に進めましたが。
 のりぴーはソーシャルワークの資格を取得する為に、
学校に見学に行ったようですね。更生の道を祈っています。

 さて、11月18日に「スポーツふれあい交流会」が開催され、
大阪府立体育館にて、ソフトバレーボール交流会に参加して来ました。
19チームを4コートに分け、大阪ダルクは4チームの総当たり戦に。
初戦は練習不足、サーブレシーブの苦戦で、惨敗。
 2戦目は腹ごしらえもでき、チームワークも芽生え、勝利。
声を掛け合うこと、みんなが楽しめること、大切です。
自分はもっぱら、応援係り^^。声だけ一番。
 3戦目は優勝候補のチームが相手。1セットを取り、
2セット目はラリーの応酬、、、。惜敗したけど、引き分けに。

 閉会式、なんと準優勝。ばんざーい!!。
銀メダル、賞状を貰い、みんなびっくり。早速、ダルクに戻り、
壁に飾りました。みんな、お疲れさまでした。
 怪我することもなく、終えたことが一番ですね。
来年は練習して、優勝かな、、、。


  来たる11月28日(土)
 「大阪ダルク感謝の集い」が阪急電鉄十三駅、西へ徒歩10分の

 聖贖主教会にて行われます。午後1時~5時の予定で、

 支援者のお話し、利用者の話し、余興を交え、

 感謝の気持ちと共に、お食事をご用意し、お待ちしております。

 お忙しいとは思いますが、是非、ご参加頂ければ幸いです。

 連絡先:大阪ダルク (06)6323-8910まで

         大阪ダルクスタッフ、利用者一同

 

2009年11月13日金曜日

メッセージ

 ひと雨毎に季節が変わって行く。
雨の後は空気が澄み、神埼川を歩く時、六甲の山並み、
反対側には生駒の山並みが観える。寒いけど清々しい。
 懸垂に加えて、階段に足を載せて、腕立て伏せも始めた。
一緒に歩いている若い利用者が「さとしさんもせなあかんよ」って。
「与えられたら受け入れる。」スポンサー(自助グループでの相談者)の
メッセージである。
 「単調でつまらないことを続けること。」空からのメッセージが聴こえる。

 夜のミーティングの後、天王寺でみんなとお茶しながら、
イルミネーションを観た。「来年は彼女と来たいなぁー。」
ひとりの利用者が云った。「叶うといいね。」みんなで笑い合えた。
一緒のときを過ごすこと。それなら出来る。

 きくこと、、、。「聴く」と「訊く」 耳で聴き、判らないことは訊く。
当たり前のことから始まるメッセージである。なかなか難しい。


 2ヶ月掛けて5日間、相談支援従事者初任者研修に参加した。
5ストレングス、インテーク、アセスメント、モニタリングets、
何十年ぶりに勉強しただろう。脳ミソを使って疲れた。(笑)

 当面の個々の課題(小目標)将来的な希望(大目標)が見えてくる。
薬物で夢も希望もなくなり、自分にうんざりした時は無くしていた。
 今は身近な目標も、先の目標もある。
利用者にも同じことをよく伝える。「優先順位」が大切なことも。
今回参加して、改めて確認できた。

 薬物が止まり始めると、しらふの自我が目覚める。
人としての欲求が目覚める。戸惑うが自然である。
そのとき、「優先順位」が判らなくなる。

 自分の周りには色んな「メッセージ」が転がっている。
今日はどんなメッセージを拾おうか、、、。

2009年11月5日木曜日

「まだ生きていいんだ」

 すっかり寒くなりました。ダルクも扇風機を片付けて、
すぐに暖房をつけるというおかしな天候です。
 11月1日(日)の雨を期に冬が訪れたようです。
その日、枚方の教会で恒例のバザーが行われました。
朝早くから、スタッフ、利用者が集まり、準備から始まりました。
青空の中、始まりましたが、午後から急な雨。
 雨を凌ぐのに大変でしたが、用意していた傘が完売しました。
ご協力、ありがとうございました。

 その日は「リカバリィハウスいちご」さんの10周年フォーラムも
開催されました。「一期一会」から採った名前だそうです。
会場は歴史を感じさせるように、支援者、関係者、利用者で
埋め尽くされていました。
 改めて、続けることの大変さ、尊さ、想いの強さを
貰う事が出来ました。感謝です。
 施設長の佐古さまの涙に深さを感じさせられました。
依存症、障害者にとって、社会の中で生き続けるのには、
行政、司法、医療などの繋がりがないと夢と希望がありません。
 永遠のテーマですね。
メッセージとして、理解してもらうのではなく、伝え続けることしか
ないと、今更ながら、、、。

 「リカバリィハウスいちご」さま、10周年、おめでとうございます。

 今回のダルク利用者のメッセージは通い続けて3ヶ月のショウです。
昼の食事には率先して、美味しいものを作ってくれています。
賑やかななかまです。

      「まだ生きていいんだ」        ショウ
 僕はダルクに繋がって今、あっという間に3ヶ月が過ぎました。
自分を投げ捨てて、「少しずつ自殺していた」去年からは想像できない
毎日を送っています。
 人とはちがう「重荷」を抱え込んで生きてきた分、孤独感を
何倍も持ち合わせてしまい、結局は家族に数々の迷惑を
かけてしまいました。
 自分は男性も女性も愛することが出来る奴で、10代は女性中心、
20代から今までは男性中心、ダルクに繋がってからはどちらも
恋愛対象になる、自分でも不思議だなぁと思う今日このごろです。
 その悩みはずっと誰にも言えず、当時、ゲイの中でよく使っていた
「合ドラ」にはまり、7~8年使っていました。今は違法ドラッグに
なっていますが、ほぼ毎日、使用していたような気がします。
 そのような物を使うと、Hがより派手になっていき、無茶をしてきた
結果が「HIVポジティブ」の告知でした。
 この「死の宣告」の半年くらい前から「覚せい剤」と知らず
使い始めてしまい、気がついた時には、すでに毎日使っていました。
 家族に自分の性的アイデンティティの事とHIVポジティブの事を
正直に伝えました。しかし、それ以降毎日、母親とのけんかが絶えず、
余計「覚せい剤」に逃げていく日々でした。
 今は逮捕されて、このダルクに来て、心から「まだ生きていいんだ」と
思える日々が続いています。
 自分をこんなにも受け入れてくれて「一緒に回復しようよ」と
言ってくれる仲間、Staffに感謝の一言では言い表すことが
できないくらいの「ありがとう」です。
 ゲイである事、HIVポジティブである事、薬物依存症である事の
3つを抱えていても「生きる」事をやめない今の自分を
少しほめながら毎日、楽しく過ごしたいです。


 

2009年10月27日火曜日

京都ダルク6周年フォーラムに参加して

 10月24日(土)京都ダルクフォーラムに参加して来ました。
大阪ダルク、総勢19名。車と電車に分かれて珍道中。
 会場は満席になるほどのダルクのなかま、支援者、関係者で
埋まっていました。
 京都ダルクの活動が地域に根差しているのを感じることが
出来ました。 
 加藤氏はじめ、スタッフの活き活きした表情、
利用者も手分けして、フォーラムを手伝っていました。
 モデルミーティングが済み、ダルク創設者の近藤氏の講演。
近藤氏らしく、ユーモアを交えながら判りやすいメッセージでした。

 自分は21年前、東京ダルクに入寮しました。
初めて逢った薬物依存症の回復者でした。
日暮里の駅で笑顔で「よく、来たね。」って言ってくれたのは
忘れることはありません。お互い年を取りました。
元気に再会できることを嬉しく、有り難く感じます。

 上岡さんのスライドを交えた講演は関係者、本人には
判りやすかったと思います。
 フォーラム終了後の食事会は、みんながいつも楽しみに
しているひとときです。 用意された料理を美味しく戴きました。

 フォーラムに参加する度に、再開、新しい出逢いを体験できます。
今回も沢山のパワーを分かち合えました。
 大阪ダルクでは、今回、初めて参加する利用者が何人かいました。
大勢の人に驚いたり、緊張したり、学んだり、しらふで
色んな事を感じたと言っていました。
 「出逢いと体験」を繰り返し、前向きな生き方を目指して欲しいと
願います。

 私事ですが、城島捕手が阪神に入団が決まったようです。
今年も悔しい思いをしました。新しい風を吹き込んで欲しいですね。
 ダルクも新しい利用者が、何かを感じ、見つけ続いています。
新しい風が吹く度に、雰囲気も変わります。
 続けることの大切さを感じさせて貰える時間です。
 



2009年10月22日木曜日

秋を感じて

 秋が深まって来ました。ダルクの傍の神埼川のすすきが
揺れています。いちょうの木が色づき始めました。
 「感じる」、、、。
 しらふを感じる。喜びを感じる。痛みを感じる。季節を感じる。
かつて、感じることすら出来なくなりました。
感じることは、時には苦しいものです。
利用者と接していると感じます。「しらふの痛み」
自分の姿がそこにはあります。
 最近、ダルクには花があります。繋がったなかまが
水を替えています。それだけで明るくなります。
 昼食の時、洗い物から始まり、最近は味噌汁を
作ってくれるなかまがいます。「しらふの喜び」
 うんざりしながら、朝から通所を続けるなかまがいます。
うんざりは役に立つものものです。

 昨日、高相被告の裁判がありました。求刑2年です。
今週、来週と続きます。また、テレビの露出が増えますね。
「恐い」だけでなく、「回復」できる報道を伝えて欲しいものです。

 24日、「京都ダルクフォーラム」に参加する予定です。
続けることの大変さ、大切さを感じさせて貰えます。
各地でフォーラムが開催される時期です。おめでとう。

 秋の夜空にオリオン座流星群が観えるそうです。
東の空に冬の星座、オリオン座が見え始めました。
しばらく、眺めていましたが、流星は観えませんでした。
ハワイで観た大きな流星を思い出しました。
 秋はもの悲しさ、自然の美しさ、食べ物の美味しさ、
色々、感じさせてくれる季節です。
今日は何を「感じる」ことが出来るかな、、、。

2009年10月17日土曜日

出逢いを与えられて

 自助グループのミーティングが始まる頃には、
すっかり日も暮れる季節。
 先日、三ノ宮で行われたバースディミーティング(止め続けている期間を祝う)
に参加した。長い間、ミーティングを開け続けているなかま
のバースディだった。続けることの謙虚さ、大変さ、尊さを
改めて、感じさせて貰えました。

 先週の土曜日には、堺市の大学の講演に行ってきました。
いつも、緊張します。紹介されてから、話すことを考えます。
その時、浮かんだことを言葉に変えて。
キャンパスの中にイチョウ筋がありました。広いキャンパスでした。
青空の中、思わず「空とイチョウ」の写メを撮りました。
「寝たい人は自由に寝てください。聴くのも自由ですから。」
いつものように始めました。
 大学の教室。かつて自分が経験した講義室。
中退した事を思い出しました。クスリを使い始めた頃です。
 講演の後、数人の学生さんが質問に来てくれました。
有り難いひとときです。新しい出逢いが与えられました。
駅までの帰り道、送ってくれた学生さんは社会福祉士を
目指しているとの事でした。何処かでまた、逢えるといいなぁ。

 8日には相談従事者初任者研修に行って来ました。
5回の研修です。朝から夕方までびっしりと、、、。
障害者自立支援法の事も話していましたが、
新しい政権に変わり、どうなるかとの事でした。
 長妻厚生労働大臣に期待しています。
300人が集まっていました。同じ志を持つ人たちです。
あと4回が楽しみです。
 一番、残ったのが「失敗する自由」があると言う言葉でした。
自分は大きなお世話をしてしまいます。伝えて待つ事。
大切な事ですね。自由には責任が伴います。
 「自分勝手と自由」シンプルに生きたいものですね。

2009年10月10日土曜日

ユニーバーサルスタジオジャパンだぜ!!

 台風18号が知多半島に上陸し、日本列島を縦断した。
大阪でも、7日夕方から風雨が強まった。
直接の被害はなかったけど、電車のダイヤは乱れた。
 自然の力には、「無力」。
各地のダルクは大丈夫だったかなぁー。
 テレビで名古屋、豊橋の被害が出ていた。
思わず、見入ってしまった。東海豪雨を思い出す。
2年前までいた、三河地区が心配になった。

 大阪は台風が去ったあと、秋が一層、深まりそうだ。
御堂筋のイチョウの銀杏も落ちる季節。

 大阪ダルクでは9日、恒例のUSJに出かけた。
スパイダーマン、バック・ツゥ・ザ・フューチャー、ジェラシックパーク、
シェリックなど、アトラクションを廻った。総勢21名。
 みんなの笑顔、恐がっている顔に大笑いしながら、
楽しいひと時を過ごした。
 みんなは何回もジェットコースターに乗って、
悲鳴を上げながら楽しんでいた。
自分は流石に乗れず、出口で待っていた。トホホ。
 心地よい日差しと風を受けながら、、、。
「空」の写メを撮っているところを見つかった。
ちょっと、恥ずかしかった。^^

 夕方になり、いつものようにミーティングに向かう。
一日歩いたので、足は疲れていた><。
 みんなと「しらふ」で楽しめたことに感謝。
 

2009年9月20日日曜日

辛くて、偶に楽しくて

 今日も澄んだ空が拡がっていました。空からは、
「大阪に戻って来た時の気持ちになって。」と聴こえました。
最近、よく考える自分の心の声です。
 
 シルバーウィークの真っ只中、誰が名付けたのか、「敬老の日」が
入っているからか、ゴールデンの次に長いからか、マスコミは名付けるのが、
好きなものです。
 「未知との遭遇内閣」が自立支援法の廃止を訴えています。
ありがたい話しです。弱いものの味方なのか、2年で終わるのは、
滑稽な法律です。自立支援法に基づき、グループホームの
監査が終わったところなので、余計にそう感じます。

 今回は去年、一度、繋がり、今年に入って再び利用し始めた
なかまの体験のメッセージをお送りします。感謝、、、。

   辛くて、偶に楽しくて

 風が冷たく感じ、陽が落ちるのも、随分と早くなって来た。
「もう、秋なんだ、、、。」そう考えると、本当に驚く。
再び、 ダルクに通い始めて7ヶ月が過ぎた。
これはそのまま、自分のクスリが止まっている時間と
同じになる。
 時の流れが、ひどく不思議なものに感じる。
過ぎてしまえば、あっという間でもあるし、一日一日の
積み重ねと、自分が薬物依存症者であるという事を思えば、
信じられない程の長い、永い時間。
 相反する、ふたつの感覚。
もしかしたら「半年そこらで、なにを言ってるんだか。」
と、笑われてしまうかも知れない。
 けれども、なかまは誰も笑ったりしない。
新しいなかまも、何年も何十年経つ、古いなかまも。
みんなそれぞれ「ヤクチュウにとっての時間」を
知っているからかな?などと想像しているけど、それについて、
わざわざ自分から問いかけたりもしない。
 答えは、多分「長くて短い」それだけの事。
誰かと比べるものでもないし、比べたところで
意味なんかない。自分の時間と、それに伴う回復を
比ぶるならば、それは多分「過去の自分」以外、
あり得ない様に思う。
 もちろん、自分の浅はかな考えだから、間違って
いるかも知れないけれど、未来の自分が間違いに
気づけたとすれば、今はそれでいいじゃない。
と、そんな事を感じながら、自分は「今日だけ」
の「今」を生きています。
 とは言え「7ヶ月経って、この程度かよ?」と、
不甲斐ない自分に苛立ちを感じる事も多々あるわけで、、、
 しかし、これも「過去の自分」には、なかった感情。
「所詮はおれなんだから、そんなに、なにもかも一変に
出来るわけがないがな。」などと、こぼしつつ、
「過去は出来なかった、今は出来ている事」を
見つけながら、しかし、自信過剰と、ひとりで出来た
勘違いになり過ぎないよう、どーにかやっている次第。
 うん、シラフで生きるのって、辛くて、偶に楽しくて、
とりあえず、メンドくさいです。(笑)
                           Y




 

2009年9月17日木曜日

謝罪のあとの、、、。

 朝晩、すっかり涼しくなりました。日が暮れる時間が早くなり、
自助グループのミィーティングが始まる頃には、すっかり、
暗くなっています。
 空も高く、夕日も奇麗で、歩きやすくもなりました。
 でも、個人的には何か、もの悲しくなる季節、、、。
この時期になると、なんか観覧車に乗りたくなります。
夜景を観ながら、甘えたくなるんです。困った46才です。

 のりぴーの謝罪会見を見ました。
涙を流していました。反省してるように想えました。
かつての自分の姿、今日の自分の姿がそこにありました。
謝罪を何回も繰り返しました。後悔しました。
 誰かの為に止めようと頑張りました。薬物は止まりませんでした。
自分にうんざりし、助けを乞い、自分の為に止めたい。
なかまともう一度、思いっきり笑いたい。
 自分に謝罪を飛ばして、自分の力を振り絞って疲れました。

 謝罪のあとの、自分の為の行動を、一人の薬物依存者として、
のりぴーにして欲しいなぁーって感じました。
無力だから祈ってます、、、。

 大阪ダルクも利用者が増え、15名ほどになっています。
昼ご飯作りも大変ですが、料理の得意な利用者、
先に繋がっている利用者が率先して引っ張ってくれています。
食べ終わってからの、洗い物、テーブル拭きなど、
みんなで協力し合って、一緒の時を過ごしています。

 それぞれが、今までどれだけ謝罪してきたでしょう。
謝罪のあとの行動が、これからの新しい生き方を決めてくれます。
 

2009年9月10日木曜日

ホームページについて

 朝晩はすっかり、涼しくなりました。
空が澄み、夕焼けが奇麗です。
熊取駅から自転車で帰る道、星が多く観える様になりました。
その日の疲れが癒されます。
心がスゥーッとします。

 さて、只今、大阪ダルクのホームページが見れなくなっています。
申し訳、ありません。

 あと、一週間くらいで見れる様になりますので、
しばらく、お待ちください。
 ご迷惑をお掛けしています。

 大阪ダルク  :東淀川区下新庄4-21 生島リバーサイドA-103
           阪急北千里線、下新庄駅下車、改札口出て左へ
           線路沿いを北へ徒歩5分、神埼川沿いです。

          :tel&fax (06)6323-8910
          

2009年8月31日月曜日

変化

 昨日、いつものように公園で、日向ぼっこしていると、
蝉の声が聴こえたよ。つくつくぼうしの声だった。
季節は初秋に「変化」したね。

 選挙にも行って来たよ。速報を観ると、予想通り、
民主党の圧勝だった。国民全体が「変化」を希望した結果。
福祉、医療、教育などの重視を望んでいるよ。

 昔、イチローが「変わること」ってテレビで言っていた。
車の宣伝で。その言葉に感動し、その通りメジャーに行き、
見えない処で、きっと努力し、行動して「変化」し続けているね。
 「変わりたい」って、ファッションを変えることから始まった。
今、また「変わりたい」って願っている。
かつては自分の力だけを振り絞って生きたよ。
今は色んな助けを貰いながら、「変化」しようとしているよ。

 大阪ダルクも引っ越して、半年が過ぎようとしています。
恵まれた環境の中、利用者もそれぞれ「変化」に慣れようとし、
経験と希望を分かち合っています。

 さて、大阪ダルクの感謝の集いを11月28日(土)に行うことになりました。
いつも、ご支援、ご協力を頂き、誠にありがとうございます。
変わっていく姿を皆様と、分かち合えればと願っています。
 





2009年8月23日日曜日

感動

 お盆も過ぎ、夜は過ごしやすくなってきた。
昼間は残暑、厳しく相変らず、神埼川沿いは暑すぎ^^。
いつも、出逢う人達がいる。真剣に走っている体格のいい若者、
日向ぼっこしているおじさん、高そうな自転車で鍛えている人、
いつの間にか、挨拶をしたり、話すようになった。
出逢いは何処にでも転がっている。

 高校野球を観ていて、久々に「感動」した。
花巻東は準決勝で負けた。菊池投手の故障は大きかった。
マウンドに上がり、11球投げた。
彼が投げるだけで、チームも甲子園も雰囲気が変わる。
負けている9回でも、ベンチの選手は笑顔でいる。
野球を楽しみ、そこに居れる自分達を幸せに
感じているように見えた。
大きな声を出していた。
 菊池投手は号泣しながらも、声を出していた。
「悔いはないです。」と語っていた。

 「感動。」

 笑顔でいること、声をだすこと。
自分にも出来る当たり前のことを、思い出させて貰えた。

 「勇気とは怖れながらも行動すること
    恐れとは、何もしないで不安の中で生きること」

 ダルクにはその答えが転がっている。



 

2009年8月15日土曜日

夏だぁー!!

 梅雨明けもし、蝉も元気な季節がやって来ました。
川沿いを歩いても、汗の掻き方が違います。
 おかげで少し、顔が締まった様に思えます。
ダルクに戻ると、みんなスヤスヤ。夏風邪が心配になり、
窓を開けたり、座布団を乗せてあげたり、、、。
 大きなお世話ですが。^^
 縁側の猫もいれば、虎や熊もいるのが、ダルクらしい
ですね。^^


 毎日、テレビを付けると何処かのダルクが出ています。
仕方の無い事ですが、視聴率合戦も大変だなぁって。

 大阪ダルクは海水浴以来、週に一度、昼からみんなで
プールに行きます。
 自由に浮き輪に身を任せ、流れるプールにプカプカ。
太陽を浴びる事は、気持ちいいものです。
 いきなり、沈められたり、ひっくり返されたり。
みんなの笑顔がいいひとときです。
 46才の自分も、スライダーを滑り、楽しんでいます。

 素面で楽しむこと、かつて仲間に教えて貰いました。
馬鹿にしていましたが、やってみると楽しいものです。
来週はいつ、行けるかなー。

 「ぼくは舟を漕ぐのが楽しい。まだ自分の知らない
                   力があるような気がする。」

2009年8月2日日曜日

京都ダルクとソフトボール

 ゲリラ豪雨、突風など、今年の夏はどうなっているのか。
ダルクでなかなか、レクのプールに行けません。><
一応、4日に予定してますが、、、。

 ニュースでは、未成年者が家を放火したり、
親、祖父母を殺傷したり、他人事ではありません。
 昼間のビールのCMで、主婦のアルコール依存症者が
増えていると、クレームがついたと云うニュースも、
新聞に出ていました。大変な世の中です。
 明日からは、裁判員制度も始まるとか、、、。

 去る7月30日(木)梅雨の晴れ間の日、京都にて、
ダルク対抗のソフトボールが行われました。
 今回は京都ダルクのリベンジで練習をしたのか、
12対6で負けました。みんな悔しがっていましたが、
いい運動になり、程よく日焼けもし、いい顔に
なっていました。筋肉痛の利用者もいましたが。
 今度は大阪ダルクのリベンジやなぁー。
ケガ人もなく、無事、終われたことが一番ですね。

 日頃、数人でミーティングの合い間に、
神崎川沿いを歩いたり、走ったり、懸垂したり、
いい汗を流しながら、コミュニケーションをとっています。
 大阪ダルクの流行りは、コロコロ(車輪一個の)で腹筋を、
鍛えることです。
 続けることで身体が変わってきます。
自分が変わって行く姿はなかなか判りづらいことですが、
目に見えて変わって行くのは回復には必要なことを、
改めて、感じる今日この頃です。

 暑中、お見舞い申し上げます。

2009年7月26日日曜日

波早ビーチの一日

 今日は各地で花火大会が行われていました。
毎年のことですが、音を聴きながら、自助グループの
ミーティングに出ています。
 今もニュースで花火が上がっています。
パーッと潔く、美しく人々を魅了する裏には、大勢の人の
努力と想いが詰まっていることでしょう。

 7月24日、大阪ダルク御用達の田ノ浦漁港に、
総勢、23名で海水浴と釣りに出掛けました。
 バーベキュー有り、釣り、海水浴、他愛無い会話、
それぞれが楽しんでいました。
 自分は不評のビキニパンツで太陽、空、波、なかまと
楽しみました。
 圧巻は防波堤からの飛び込み、、、。
3メートル程の高さが勇気が要りました。
 なかまと一斉に飛び込み、それからはバクテンで
飛び込むなかま、半回転で顔が引きつっているなかま、
自分は一回転しながら、笑っているなかまを見ながら、
太ももを強打。
 とりあえず、一番、笑えたひと時でした。

 この季節になると、暑さの為か、気圧の為か、
だれ気味の自分がいます。きっと利用者もそうでしょう。
 季節を受け入れながら、人を受け入れながら、
無力さを感じながら、みんな「今日だけ」使わないで
生きています。
 鳶がくるりと輪を描きながら飛んでいました。
夕日に照らされた海がキラキラ光っていました。

 大雨で土石流で被害が出ています。
自分たちは幸せです。
 来週はプールかな。

2009年7月21日火曜日

みっとも無い自分を愉しんで

 薬物依存症のシンジです。郊外の自宅から一時間かけて、
通所しています。ダルクに繋がって、ニ週間経ちますが、
自分でもビックリする位、スンナリ入って行っている気がします。

 薬物を使い続けている時は誰にも腹を割る事ができず、
一緒に使っていた仲間達とも、お互いに打ち溶け合おうとしませんでした。
 親と相談し、初めてダルクを訪問した時は正直に言うと、怖かったです。
刺青の入った体格の良い人達が昼寝している光景に
「来る所を間違えた、、、。」と思った程です。
でも、依存症であるスタッフの面接はそんな不安を解消してくれました。
今まで人に隠し通してきた自分の薬物性向を、
事も無い様に聞いてくれ、気持ちをほぐしてくれたのです。

 実際にダルクに通所する迄には、更にニ週間、悩んだのですが。
何をするかもわからず、回復のプログラムに取り組み始めました。
強制的な事は無く、自主的に参加して「分かち合う」やり方が自分に
合っていたのだと思います。回復を望む人は、他の回復を望む人を
受け入れてくれるように感じます。

 回復を急ぐ気持ちがそうさせるのか、時間を持て余すように
感じるので、昼間は近くの川沿いで過ごしています。
その日によって、ウォーキングだったり、ブラブラと散歩だったり、
一人だったり、仲間と一緒だったり、自分の愉しみとして、自由に
習慣付けて行っています。もちろん「しんどいから」と昼寝をするのも
自由です。強制するとストレスを溜めやすい性格なので。
仲間も自由にやっているようです。コミュニケーションの場にも
なるし、ストレス発散の場にもなるので、今の自分には貴重な
時間です。

 今でも薬物に魅力を感じます。自室に一人で戻ると考える事は、
全て薬物を使っていた頃に向かい、衝動が走ります。
いつか、又買いに走る日が来るかも知れませんが、それ迄は
「今日だけは、せめて今だけは。」とみっとも無い自分を
愉しんで、毎日を送っています。







2009年7月12日日曜日

NA(薬物依存者の自助グループ)セミナーに参加して

 7月10日(金)、大阪府堺市にて、NA関西エリアパブリックインフォメーション
セミナーが行われ、ダルクの利用者と共に、参加して来ました。
 パブリックインフォメーションセミナーとは、薬物依存者本人のみならず、
行政、保健所、司法、刑務所、警察署、学校、家族の方など、
関係各所にNAの活動、存在を知ってもらう為の広報活動です。
 
 今回は大阪南部、和歌山を中心に、手渡しによる案内状の配布を
主に、ダルクの利用者もパンフレットの作成などを協力し、参加しました。
 当日は120名程の方が会場を埋め尽くし、薬物問題の興味の深さ、
どう対応していいのか、何処に相談していいのか、関係者が多く参加され、
社会の中で薬物の問題が身近なものになってきたことを、痛感しました。

 ダルクを通じて、知り会った行政、弁護士、学校関係者、精神保健福祉士、
刑務官の方も参加されていました。
 昨今の有名大学での大麻問題など、マスコミでも多く取り上げられて
いることも参加者の多さを物語っていたのかも知れません。
 
 ダルクの利用者も、当日、話す機会が与えられ、緊張しながら
ベストを尽してました。かつての自分を見せて貰えました。
 次回、話す機会があれば、堂々と前を向いて話したい。と云って
ました。素晴らしい、、、。
 もう一人は、「希望」を分かち合えたって云ってました。
またまた素晴らしい、、、。
 そういう前向きさこそ、自分も力を貰えるし、未だ苦しんでいる
人たちへの、活きたメッセージだと、再確認させて貰いました。
 「希望」「勇気」「前向きさ」
                     笠嶋 敏
 

2009年7月7日火曜日

自分に「ごめんなさい。」

 今日も夜中に突然の大雨が降った。おかげで昼食の後、
再び、始めたダルク裏の神崎川沿いでのウォーキングが
できた。一緒に歩く利用者が増えた。じゅんが一人で走り出した。
 自分は30分、歩くので精一杯。折り返し地点で懸垂をする。
7回、できる様になった。いい汗を掻きながら、川に向かって叫ぶ。
これが又、気持ちいい。
 以前、一緒に走っていたなかまは北海道で頑張っている。
もう一人の利用者はアルバイトを始めている。
いなくなったなかまも多い。それが現実。
 大阪に帰って来た時、責任者のめばに、「さとしは走ってて」と
言われた。「一緒に走る利用者が増えるといいね。」ってとも。
 単調でつまらない事も、続けていれば、発散と自信に変わる。
社会に出て必ず役に立つ。自分も経験した。

 ダルクのプログラムでもある、一日3回のミーティングに
参加すること。午前と午後はダルクで行っているが、
夜の自助グループミーティング(NA)のセミナーが、
10日(金)に行われる。
 ダルク利用者の誰かが、体験と希望のメッセージを
届けるチャンスがあるかも知れない。
 ダルクには毎日のように、苦しんでいる薬物使用者の相談の
電話がある。

 「ごめんなさい。」 ダルクで使っている「今日だけ」の7月6日の
テーマに載っていた。何回、云ってきただろう。
いつも、心から云っているつもりが口先だけになっていた。

 自分に「ごめんなさい。」って気持ちになって初めて、変わりたいと
思えた。その後に行動が必要になった。感謝が生まれた。

 今日は7月7日、七夕、、、。梅雨の合い間に星が観えるといいなぁー。

                             笠嶋 敏
 

 

2009年6月30日火曜日

時間をかけて関係も変わる

 今日は朝から、警察署に面会に行った。
そこには、初めて逢うなかまがいた。
 いつものようにダルクの説明をし、資料を送ると伝え、
笑顔で、待ってるねと話しかける。相手の顔が安心したような、
表情に変わる。

 午後から、収監されたなかまのいる大阪拘置所に行く。
何とも云えない感情の中、順番を待つ。
番号を呼ばれて、利用者と部屋に入る。
少し小さく見えるなかまがそこに現れた。
精一杯の笑顔をなかまは見せてくれた。
この前まで一緒にプログラムをしていたのに、
不思議な感覚。手紙を書いた。手紙が届いた。
刑を終え、必ずまた一緒に、歩けると確信できた。
 今もその笑顔が浮かぶ。

夜、名古屋の真也から電話が入った。
自分が仕事ができなくなり、再び、助けを求めた名古屋ダルクの責任者。
元々、自分がそのなかまを出迎えた。10数年前の9月4日。
なかまのお通夜の日だった。
まさか、数年後、そのなかまに頭を下げて、頼むとは、
想ってもいなかった。そのなかまは自分より、戸惑い、
悲しかったと想う。優しく、シャイな、人間関係の下手ななかま。
自分と同じ薬物で、似ている。
 あれから4年。自分は地元に戻り、20周年のフォーラムの時、
名古屋での出来事が過去になった。
ゆっくり、話したかったけど、時間がなかった。
 電話を貰い、嬉しかった。出逢った頃の様に話せた。
大阪に来た時はゆっくり食事でもし、泊まって欲しいと伝えた。
 一番、気になっていた名古屋での胸の痞えが取れたように
思えた。願いが叶った。
 二人には4年の時間が必要だったんやなぁー。
ミーティングに出続け、離れなければ、
時間をかけて、関係も変わる。「感謝します。」
                 
                 大阪ダルク 笠嶋 敏



2009年6月28日日曜日

名古屋ダルク20周年フォーラムに参加できて

 6月28日(日)入寮者を含め、6人で参加した。
テーマは「感謝します」天に召されたロイ神父が、
よく云っていた。「感謝します。バカヤロー。」その言葉を、
想い出した。

 当日の自分の大失態><。5時40分に起きる筈が、
なんと、電話で起きたのが、6時30分。予定していた快速が、
6時36分発。頭が真っ白、、、。なかまに謝りの連絡をし、
待ち合わせの鶴橋へ。「ごめんなさい。」なかまは笑っていた><。
 予定より30分遅れて、出発。
空は幸いにも雨は降っていなかった。
電車の中は誰も寝ず、笑いの連続^^。自分も遅れたことを、
忘れるくらいに、、、。「感謝します。」

 慣れ親しんだ黒川駅から会場へ。受付には慣れ親しんだなかまの顔。
さすがに20周年。沢山の人、人、人。握手、ハグの連続。「感謝します」
 会場に入り、前の座席へ。壇上には外山さんの緊張気味の顔。
後ろの席にはイスタンブールダルクの青山さんが居た。
キラキラした目でいい顔をしていた。後ろにはやっさんの笑顔。
 それだけで、癒され、パワーを貰えた。
しんやもこうくんもじゅんも真剣に聴いている。
名古屋ダルクの20年の歴史が話されていた。
 自分が17年、居た場所。走馬灯の様に思い出された。

昼食は健太郎が働く、らーめん屋へ。
行列の中、働く姿をしんやとじゅんが嬉しそうに見ていた。
そこには、カッコ良く、大きい声を出しながら、麺を振る
なかまの姿があった。あのどうしようもなかった健太郎。
 みんなで、美味しい麺に舌鼓を打ちながら会場に戻った。
午後も写真を撮ったり、新しいなかまに紹介したり、
あっという間に時間が過ぎていった。

 今回一番、自分が感じたことは利用者と一緒に、
違う土地に出向き、新しい出逢いを分かち合うことの大切さ。
 利用者が緊張しながら、ハグをする姿を見て、
かつての自分を思い出せる事。
 そこには、最近、イライラし、ぼやきじじいになっていた自分が、
癒されていくのがわかった。それと共に、自分の名古屋での
17年が許され、終わったような気がした。

 帰りの近鉄特急、心地よい疲れの中、寝るなかまもいなく、
何かを貰えた顔と共に、笑い声が絶えなかった。
 「感謝します」きっと、みんなそんな気持ちだったと想う。

名古屋ダルク20周年おめでとうございます。
 また、みんなで外の空気を吸いに行きたいと思えた。
 ありがとう。「感謝します」
明日は新たな気持ちで警察署と拘置所のなかまに、
逢いに行きます。出逢いを求めて、、、。
                        大阪ダルクボランティアスタッフ 笠嶋 敏

2009年6月22日月曜日

「新しい生き方」

 やっと、梅雨らしい横なぐりの雨が降っています。田圃の蛙も
ゲコゲコ。
 毎年、土砂崩れや、水不足がニュースで騒がれる季節になりました。
今週末、28日、「名古屋ダルク20周年フォーラム」が行われます。
大阪ダルクからも数名で、お祝いに行きます。
自分にとっては、「新しい生き方」の第ニのふるさとです。
今から、楽しみにしています。また、新しい出逢いが待っているでしょう。

    古い生き方         新しい生き方

   薬物を使い続ける      今日は使わない

  一つの事に執着する     色んな事に依存する

 自分を責め、自己憐憫     楽で傲慢な事と気付き

 にふける              自分を肯定する

 自分で決めて後悔する     スポンサーに相談する

 定期券を偽装したり、      スポンサーに指摘され、    

 キセルをする           規制の料金で乗る

   突然、怒る          一呼吸置き、努力する

 他人を馬鹿にする        今もするが、自分を振り返る

  万引きをする          する勇気がなくなった

 財布を拾うと現金を        中身は見てしまうが、

 抜いて、捨てる           警察に届ける

 ギリギリまで自分一人       自分もするが、協力

 で頑張る               を求める

 下を向いて歩く           空を見るようになった

 ミーティングでいい         カッコ悪い話しをする        

 話しをする              努力をする

 服装が暗く、着替える       明るい服装が出来る様に

 のが面倒臭くなる          なり、TPOを考える

 人の目が見れず、         人の目を見て聴き、

 視線を避けサングラス       話せる様になった

 をかける

 「新しい生き方」を始めるには、全てが先に薬物を

 使わずに生きている仲間の真似ごとから、スタート

 した様な気がする。自分は今、そうなれてるかな?

                      笠嶋 敏

 

 

       

2009年6月13日土曜日

「今、出来ること」

 梅雨入りし、例年のように晴れた日が続いています。
田植えも終り、家の周りでは、蛙が「ゲコゲコ」と自分の帰りを、
迎えてくれます。花屋さんには、紫陽花とハイビスカスが
並んでいます。季節がわかりません。^^

 最近、保釈中に弁護士さんの紹介で、ダルクに相談に来る依存者が、
増えています。仕事をしている利用者は仕事の合い間にダルクへ。
毎日、朝から通う利用者もいます。通所証明のハンコをもらいながら。
 夜のNAにも通い、始めに現れた頃と変わっていく姿を見せてもらえます。
公判を控え、胸中を正直にミーティングで話す姿を見ながら、
無力の自分がそこにいます。

 今、出来ること「ボランティアへの参加」「尿検査」「今日だけ使わない事」
「ミーティングに参加すること」

 自分たちが今、出来ること「上申書」「嘆願書」「情状証人」
「一緒にミーティングに参加すること」「今日だけを共に楽しむこと」
 同じときを過ごすことで、他の利用者との接し方と一緒だと思いながら、
なんとも云えないジレンマがよぎります。傲慢ですね。

 今、出来ることをベストを尽していれば、例え、今の望みが叶わないと
しても、これからの「新しい長い人生」にはきっと、使わないで生き続ける
動機になると信じています。

 法制審議会で話し合われている制度に期待しながらも、
執行猶予で出て来た人たちの受け皿が、足らない中で、お偉いさんの
勉強不足に憤りを感じます。 法務省、司法のズレも否めません。

 そんな現実の中で、「今、出来る、新しい出逢いと生き方」を一緒に、
歩むことを続ける自分がいます。彼らに勇気を貰いながら、、、。

                       大阪ダルク ボランティアスタッフ 笠嶋 敏

 

2009年6月9日火曜日

レクで和歌山へ

 6月20日から7月19日までは、「ダメ。ゼッタイ。」
普及運動期間らしいです。地元の機関紙で見つけました。
 10年程前、名古屋にいた頃、大阪でいう「西成」の様な場所。
「セントラルパーク」のテレビ塔の下で、警察、山口組の方に、
守られながら、講演会に参加し、チラシを配ったことを、
思い出しました。
 
 6月5日(金)に車3台に便乗し、朝9時にダルクを出発。
毎年恒例の和歌山、田子ノ浦に行きました。天候は曇り。
肌寒い中、釣り組と海水浴組に別れて、楽しみました。
 自分はいつも通り、寒さ知らずのなかまと水の中へ。
水は澄んでいました。誰も泳いでいません。貸し切り状態。
 足を入れて、びっくり。なかまは沖のテトラの方へ泳いで行きます。
自分は途中で引き返し、防波堤の方からズルをして近道。
やっと、テトラへ。なかまは潜って雲丹を捕りました。
テトラの貝で足は切るわ、雲丹は刺さるわ、みんな大変。
 でも、そこには「しらふ」で、笑っているなかまの顔がありました。

 釣り組はメバ始め、釣りが趣味の面々。黙々と合羽を着ながら、
色んな仕掛けで釣り、その場で捌いて舌鼓。
 バーベキューも楽しみながら、サビキに鰯の5連チャン。
流石に、新鮮な鰯、鯖は美味しい。
 雨もひどくなり、夕方に竿を収め帰り支度。
帰り道には恒例の、和歌山らめーん。鯖寿司も最高。

 今年も新しい利用者が増え、楽しい一日が過ぎて行きました。
もうちょっと、晴れて暖かかったら最高でした。
 これも計画のひとつですね。
今度は、てるてる坊主を増やしましょう。



 

2009年6月2日火曜日

薬事法改正

 大陸からは色んなものが飛んで来ます。春先には黄砂。

その後には、花粉。最近はミサイルがよく、飛んで来ます。

 昔は、宗教や、食べ物、技術、、、。時代が変われば不思議です。

暑くなりました。ツバメの数も増えたように思います。自由自在に飛んでいます。

 河沿いを歩いたり、キャッチボールの後は汗ばみます。昨年までは、

ダルク裏のホースで頭から、水浴びしたものです。

 6月1日から、薬事法が改正され施行されました。

登録販売者がいれば、コンビニ、スーパーなどで第2,3類医薬品が、

販売できるようになります。90%の医薬品が含まれるようです。

24時間、買う事が可能になります。素晴らしい事ですが、、、。

 市販の薬物に依存していた自分には、複雑な心境です。

 もう、夜、閉まっている店のシャッターを、叩く必要はなくなります。

 同じ、風邪薬でも、第1類はリスク性が高いらしく、陳列される場所が、

違うようです。おかしな話しですが、、、。今の日本ではおかしな話しには

慣れてしまいましたが。

 インターネットでも今後2年に限り、第2,3類医薬品に限っては、

購入できるようです。

 まるで、裏サイトの脱法、合法薬物のやりとりの様に感じるのは、

自分だけでしょうか。

 クラブ、携帯、インターネット、、、。新しいファッション感覚のある

形、色、横文字の名前、、、。ダブルハート、なんて素敵なネーミング。

 テレビ局の取材も舞い込みます。

 うんざりにうんざりすること。そこから始まりました。

 なかまにいいフレーズを聴きました。

 「自分を笑えたら 人生は おもしろく見えてくる」

 

 

2009年5月26日火曜日

「安心して語れる場所」

 今回はフリーダムの家族プログラムに参加して戴いている
櫻井さんに、書いていただきました。毎月、行われている「いちげんや会」
の帰り道に、急に頼んだにも関わらず、快く(?)受けてくれました。
 ありがとう。    大阪ダルク  笠嶋 敏

 「はじめまして、毎月、第1、第3土曜日にフリーダムで行われている
家族グループにお邪魔させてもらっています、櫻井です。
普段は大阪市で、生活保護の担当をして働いています。仕事に就いて4月で
2年になりましたが、まだまだわからないことばかりで、てんやわんやな毎日です。

 フリーダムの家族グループには、参加させてもらってもうすぐ1年になります。
同じ内容のプログラムでも、毎回、家族の方が話されることが違います。
私も学ばせてもらうことが沢山で、毎回、感じることや気づくことが違います。
きっと、「その時」「その場」でしか得られない何かがあるんだと思います。
 そして、そんなかけがえのない何かに、気づくことのできる
「安心して話せる人と場所」の大切さを、改めて実感しました。
それは、家族とか、本人とか、薬を使ってるとか、使ったことがないとか
関係なく、みんなに必要な場所であることに、気付かせて貰いました。
 同じような経験をした、同じように感じたことがある、同じような価値観を
持ってる、全然違う考えの人もいる。ひとりひとり違う。
 いろんな人が語る言葉を聴くことで、みんな何かを抱えながらも、
自分の人生を生きてることを、教えて貰い、自分にはなかった新しい価値観や、
考えに出逢うことができる。
 私は4月から大阪に来て、そんな素敵な場所に出逢えることが増えました。
とても感謝しています。「安心して語れる場所」があるからこそ、
自分でも知らない内に、大切な何かに気付くことができるような気がします。
 私自身も、もっともっと、そんな「出逢い」と「場所」を大切にして行きたい
と思っています。
 これからも、ちょこちょこ、いろんな所に顔を出させてもらうかも
知れませんが、どうぞ、よろしくお願いします。」

                      東淀川区保健福祉センター  櫻井 智子

2009年5月25日月曜日

自分の思い

 薬物依存症のひろしです。
 私は今回、警察に薬物使用で逮捕され、現在、
裁判中の身です。今回、弁護士の紹介でダルクに繋がりました。

 私が薬を使うようになったのは、18才頃で、同じ依存者の人に
比べると、遅いスタートだったように思います。
 その当時の自分は別の事件で少年院から帰ってきたばかりでした。
少年院出院後は、しばらくの間は真面目に生活をしていましたが、
毎日の退屈な生活に飽き始め、結局は地元の今までの友達の中に
戻りました。
 その時、初めてシンナーに出合ったのです。当時、友達の中で
シンナーが流行っており、そんな光景を見た私が流されないはずもなく、
好奇心などもあり、簡単に手を出してしまいました。
 自分の中の「薬物なんて、止めようと思えばいつでも止めれる。」
この考えがそもそも間違いで、その一回が自分の中の大きな失敗でした。
結果は惨敗。止めるどころか、どんどん酷くなり、普通の生活すら
出来なくなって行きました。

 大阪ダルクに繋がり、通所を始めた頃は正直、ミーティングなんて何の意味が
あるねん。こんなんで、何も変わらんわって、ゆうのが自分の本音でした。
 でも、ミーティングに参加するようになり、仲間の体験、話しを聞くとゆう事が、
自分を変えていくきっかけになったのは間違いなく、今はこのままでの自分では
ダメだと思えるようになって来ました。
 でも、毎日の生活の中で、先への不安や様々な問題がある事には
変わりません。この先、裁判を控えているとゆう不安からも正直、
自分の中の葛藤とゆうのは日々、強くなっています。
 今している事は本当にこれでいいのかと不安になり、立ち止まったり
してしまう事もありますが、そんな自分の思いをミーティングや
仲間に話すことで、やる気や元気を貰い、今は薬物を使うことのない
生活を送れています。
 私の今までの生き方は、周りの事など何も考えておらず、自己中心的な、
今、楽しければそれで良いとゆう生活でした。そのせいで、家族、妻、周りの人を
数え切れないほど、傷つけてきたと思います。
 そんな事にも、薬を使っていた時は気付く事もなく、ダルクのミーティングに
参加するようになり、初めて自分の行動を振りかえり、考えてみるようになり、
気付く事が出来ました。
 今は今まで自分のとってきた行動の償いではありませんが、自分自身を磨く
ためにも、社会奉仕をしようと思い、児童ディのボランティアを始め活動中です。
 私には今年産まれたばかりの子供がおり、その子のためにも一日でも早く
しっかりしたお父さんになりたいと思い、日々の生活を送っています。
 この先、自分がどうなるのかとゆう事はわかりませんが、ダルクでの
教え、自助グループでの12ステップを頭に置き「今日だけ」とゆう生活を
続けて行こうと思う。
 
 今回、私はダルクに繋がることができ、自分が薬物依存であるとゆうことを
初めて認める気持ちになることができた。ここからが私のスタートであり、
私はまだスタートラインに立ったばかりです。
 この先、回復を目指す仲間と一緒に、自分の今できる事をがんばって行きたいし、
私の体験を読み、一人でも多くの新しい仲間がダルクに繋がるきっかけに
なればと思う。

2009年5月10日日曜日

ありがとう

 今日は母の日です。清々しい天気です。なかまはフリーマーケットに
行っているようです。
 かつて、薬を使っていた頃の自分は、母親から盗んだお金で、
カーネーションを贈ったことがあります。迷惑かけて悪いと云う気持ち、
純粋な感謝の気持ち、懺悔の気持ち、、、。
 もらった母親は苦笑いしてました。どういう、気持ちだったのでしょう。
今、利用者と共に生きている中で、少しわかるような気がします。
 自分は離婚をし、息子には母親が近くにはいません。
息子はやっと、身長が自分の母親を超えました。息子が今日、どんな気持ち
かはわかりません。聞く勇気も自分にはありません。
 息子は今日も、元気に友だちと遊んでいます。ありがとう、、、。
 
 長年、大阪ダルクで行われていた、茶道、ヨガのプログラムが移転を気に
終了しました。茶道は月1回、ヨガは月2回。楽しみにしていました。
 厳しさの中に愛を感じる大塚先生、身体と心を解してくれたヨガの先生。
長い間、ありがとうございました。 
 色んな、失礼を受け入れて戴き、笑顔で付き合ってくれました。
何処かのダルクフォーラムでまた、逢えると想います。楽しみです。
 ありがとう、、、。

 イスタンブールダルクの青山氏から電話がありました。
「関空から奈良まで、どれだけかかる?」「これ以上、話してると止まらんくなるから
切るわぁ。」いつものように、他愛無い話しです。でも、元気な声が聴けました。
 近くにいるような感覚です。
色んななかまが電話をくれたり、メールをくれたり。
なんとなく、誰かの声が聴きたいなぁっていう時に懸かって来ます。
ありがとう、、、。

 今日一日、「ありがとう。」を何回、云えるだろう。
素晴らしい言葉です。






 
 

2009年5月6日水曜日

ダルク隣りにフリーダム移転

 フリーダムの引っ越しが4月29日から始まり、新しい場所で業務がスタートしました。
ダルク隣りの105号です。電話番号はそのままです。
 今まで、自転車で10分の距離が、一気に縮まりました。
 人間というものは贅沢なもので、今は近くになったことを感謝してますが、
すぐに慣れてしまい、当たり前になるでしょう。><

 フリーダムのブログで「ポリシーは?」ってありました。
自分のポリシーは、、、「聴くこと」かな。
自分勝手で、傲慢で、「いや違う。」って話しを遮るのが得意な自分には、
大切なキーワードです。
 もうひとつは「空と共に」、、、。これはお決まりです。^^

 ゴールデンウィークは豚インフルエンザで始まり、自分の高熱で
終わります。「インフルエンザもミーティングで治る。」って、よく言ってました。
そんなことはありませんが、クリーンな生き方が始まった頃は、
意地になってたのか、信じてたのか、なかまの迷惑も顧みず、
出続けたものです。
 今も病院には行かず、寝て治りつつあります。咳止め薬中毒の自分には、
風邪薬にはナーバスになってしまいます。
 家で寝ていると、ウグイスの声が聴こえました。大阪に戻って来ての
三回目の風物詩です。 「ホーホケキョッ」
 

 


 

2009年4月19日日曜日

三河ダルクフォーラムに参加して

 今日も初夏のような陽気でした。
大阪では「造幣局の桜の通り抜け」が始まりました。
新しいダルク裏の神埼川の桜の木は、新緑の葉をつけています。
 午後のミーティングを神崎川沿いで、太陽を浴びながら、
行う季節になりました。
 外でのミーティングは気持ちいいものです。
女性の利用者には日焼け対策が必要な様ですが、、、。

 18日、三河ダルクのフォーラムに参加して来ました。
北海道から宮崎ダルクの仲間が集まり、三河地区の支援者、
家族の方、関係者の方が多勢、参加されました。
 松浦さんの熱意、人柄により少しずつ、薬物問題への支援の輪が
拡がっています。感謝です。
 名古屋からの車窓の風景は変わっていませんでした。
蓮華草が奇麗に咲いていました。

 同じ日、ビリーさんの三周忌が一心寺にて行われました。
月日の流れるのを早く感じます。
 名古屋でプログラムを一緒に歩んでいました。
その時の仲間が三河のフォーラムに募りました。
きっと、フォーラムの何処かで見守ってくれていたと想います。

 季節は変わり行き、ダルクの利用者も其々、
変わって行きます。
 「今日だけ」を続けながら、、、。

2009年4月14日火曜日

ミーティングの必要さ

 今、大阪ダルクに入寮し、毎日、朝、昼、夜とミーテイングに
参加しています。ダルクに繋がる前は、覚せい剤を使い、
逮捕され、4ヶ月間の拘禁生活で、色々、考える時間があり、
少年時代から覚せい剤を使用していた為、ダルクの事は
少しは知っていました。でも、ずっと使い続けていて、
止めたいと思っていたのに、ダルクに繋がろうとは
思いませんでした。それは何故かというと、自分の力ではなく、
そのような施設の手を借りて、止めようとすることがカッコ悪いと
思っていたからです。しかし、前回逮捕されて、その気持ちは
変わりました。そして、気付かされました。自分はもう自分だけの
力では、どうにもならないという事を、、、。
 それで弁護をしてくれた先生に、社会復帰後はダルクに繋がりたいことを
伝えたところ、色々な資料を差し入れてくれました。そして、社会復帰して
すぐに大阪ダルクに相談に行きました。その時、話しを聞いて、
とてもわかりやすく説明して戴いたし、住む所にも困っていた私を、

色々な面で助けてくださって、本当に嬉しかったし、勇気付けられました。
 その次の日から、西成のホテルから通うことになったのですが、
その時、一度、再使用してしまい、どうしようか落ち込んでいたのですが、
スタッフの方に電話をしたところ、優しく対応してくれて、もう一度通うことになり、
すぐに入寮させてもらえるようになりました。それから不安だったことも消え、
安心して生活でき、夜のミーティングにも参加するようになった今、
少しずつですが、ミーティングの必要さが判って来ました。
 自分よりもクリーンが長い人の話しや、再使用した時の話しを聞く事に
よって、今までよりも考え方が変わってきたし、仲間を意識するように
なりました。
 まだ私は、クリーンが僅かですが、今の気持ちを強く持ち、
一日一日、クリーンを延ばして行き、次は新しい人に色々、
伝えていけるようになっていきたいです。
                             じゅん

2009年4月11日土曜日

ベリーカップ準優勝

 初夏のような日差しの中、10日に準決勝、決勝が行われました。
雲ひとつない青空の下、準決勝は7対6で辛勝。
 決勝はファインプレーありの白熱した対決の中、
延長戦に突入。延長の末、6対8で敗れました。><

 勝つこと、楽しむこと、みんなが参加できること、
今回、結果的には負けはしましたが、応援、一体感、
薬物なしで楽しむことは、達成できたと思います。
 円陣を組んでの、「平安の祈り」はダルクらしく、
太陽の下、不思議な力を感じました。

 運動のあとの銭湯も心地よく、大切なフェローシップです。
そのあとは、それぞれが自転車で駅に向かい、
NA(自助グループ)のミーティングへ、、、。
 みんな、なんと素晴らしい。

 新しいダルクも整頓され、慣れて来ました。
ダルク裏の神埼川の散歩も癒されます。

 新しい利用者が増えてきました。
 支えられ、支えながら「今日だけ」みんな生きています。


 

2009年4月4日土曜日

ベリーカップ開催

 4月に入り、桜も満開間近と思っていましたが、
ここのところ、寒い日が続いています。
 来週には、やっと春らしい陽気になるとか、、、。
待ちどしいなぁ。桜の花が可哀想やなぁ。

 4月3日、今年もベリーカップの季節がやって来ました。
淀川河川敷にて、10時の開会式、ラジオ体操。
 今年はダルク近くのグラウンドで、練習をして臨みました。
第一試合は11対0の完勝!!
ピッチャーの打たせて捕るピッチングに応える様に、
鉄壁の守りと、大きな掛け声、、。
 依存症特有の「俺が、俺が。」じゃなく、今年は
明るさと、チームワークを感じました。

 第二試合は例年、優勝候補のチームとの戦い。
2点をリードされながら、繋ぐチームプレーと守りで、
7対3で勝ちました。ばんざーい。
ベンチの声援にも後押しされ、みんなで勝てたことに
勝利よりも大切な感動を、味わうことが出来た様な気がしました。
 みんな、日焼けもし、声も枯れ、ベストを尽した心地よさを
感じながら、新しいダルクに戻り、銭湯に行きました。
 最年長の自分は、筋肉痛が一日置いて出ています。

 10日は準決勝と決勝、、。
今の雰囲気とチームワークで楽しみながら、
勝てたら嬉しいなぁー。
 次ブログでいい報告が出来ますように、、、。

大阪ダルク移転

 大阪ダルクが4月1日より移転しました。

 新住所  大阪市東淀川区下新庄4丁目21番
       生島リバーサイドA-103
       (阪急電車 北千里線 下新庄駅下車徒歩8分
        改札口出て左へ、線路沿いに北方向へ進む。
        神崎川突き当たり左へ)
 
 TEL&FAX  06-6323-8910

2009年3月26日木曜日

鹿児島ダルク開設フォーラムに参加して

 大阪でも桜が咲き始めました。風が強く、東淀川駅からダルクに向う途中、
一枚の花びらがひらひらと舞っていました。桜の花の美しさ、潔さに、
この時期、いつも感動させてもらえます。
 ダルクの移転先が決まりました。来年は新たな場所で、
ダルク近くの桜からどんなメッセージを貰えるでしょう、、、。

 去る3月21日、昨年5月に開所された鹿児島ダルクの開設フォーラムに
なかまと参加して来ました。
 鹿児島ダルクは宮崎ダルクの施設長が、4年間の活動の上、
開所されたとの事。車で3時間かけ、通い続け、何もないところから、、。
逆風の中での準備だったと思います。
「信じて、行動して、委ねる。」ダルクで教えてもらう新しい生き方です。
 女性の入寮施設が少ない中、同じ女性のグループホームを
開いている大阪ダルクにとって、今後、交流が増えることと思います。

   開設フォーラムでの戸山さんの顔は清々しく、大勢の支援者、関係者
の方が参加されました。
 今回、自分はどうしても参加したい理由がありました。
21年前、東京ダルクで共に入寮し、本当に自分の我が儘を受け入れて、
サポートしてくれた河野さんに逢いたかったのです。
 名古屋に旅立つ時も、東京駅まで送ってくれた命の恩人のひとりです。
再開出来た喜びは言葉では言い表せません。
 近藤さん、外山さん、河野さん、ダルク創設期の3人の恩人に
今回、逢う事が出来ました。
 46才にもなると、自分の為に愛を持って、心から叱ってくれる人は
少なくなります。傲慢な自分には必要な出逢いでした。

   鹿児島に行ってもプログラムは変わりません。夜はNAミーティング、
2日目は鹿児島ダルクに朝から行き、ミーティングに参加させて
貰いました。そこは手作りの家具に囲まれた、愛を感じる場所でした。
 一緒に行ったアキラは、作ってくれたカレーを一杯食べ、
畳に寝転び、いびきをかいていました。安心できる場所なんだなぁって
嬉しくなりました。
 アキラとダルク近くの城山公園を歩きながら、12月1日に出逢い、
3月には二人で鹿児島に来て、散歩している。
予想もしていなかっった事が、通い続け、止め続けている中では
実現されて行きます。
 桜が満開でした。風は暖かく包んでくれました。
帰り道にトランプを買って、みんなで大富豪をしました。
笑い声が溢れていました。
 来て良かった。古いなかまとの繋がりの中で、
新しい出逢いが与えられます。自分一人の力は小さいけれど、
出逢いを重ねる度に、分かち合いの中で、勇気を貰えます。
 また、心の財産が増えました。
アキラもきっと、何かを感じて、得たものがあったと思います。
二人で清々しい気持ちで大阪の地に戻って来ました。
 今度はなかまと何処に行こうかな、、、。
三河ダルクのフォーラムが4月に待っています。
 
 宮崎、鹿児島ダルクのみんな、おめでとう。ありがとう、、、。



 

2009年3月24日火曜日

再びダルクへ

 「自分の力だけでは使わない事(回復)が出来ないと知り、

私たちより上の力の必要性を感じ、信じる」

ダルクのハンドブックに載っている一節です。
 自分が大阪ダルクに繋がったのは、丁度、一年前の事です。
当時の自分は精神病院から退院したばかりで、
担当医からダルクを勧められ、通所を始めました。
 しかし、入院により、ある程度の解毒が済んでいた事で、
薬物への欲求を全く感じなくなっていた自分は
「もう、治った。こんな施設に頼らずとも自分で充分
やっていける。」と思う様になり、僅か3週間で通所を
辞めました。
 恐ろしい勘違いです。幾度となく、嫌と言うほど
自分を騙し、欺き、裏切り続けて来た「自分自身」を、
またもや愚かにも、信じてしまったのです。
 当然、夏頃から強烈な欲求が、沸き起こり始めました。
それは、とても抑え難いものであり、その度に、
「ダルクに戻りたい、、、いや、もう受け入れて
貰えないだろうし、自力で止めてやる」と言うジレンマにも
似た考えが、頭を駆け巡り、後者を選び続けた結果、
12月、路上で自分は薬を握り締め、立ち尽していました。
 2月から約11ヶ月間、薬が抜けていたので、
少量で充分、効き目がありましたが、それで済まなくなって
行く事は、流石に解り切っている訳で、、、。
 ひとり、何度も欲求と闘いました。そして、判ったのは、
「ひとりで闘うと必ず負ける。それも、完膚なきまでに、
徹底的に、叩きのめされる。」と言う事でした。
 「断られたらどうしよう、、、。」
震えながら、携帯電話の発信ボタンを押したのを、
よく覚えています。
 しかし、その時、電話に出てくれたスタッフの言葉は、
「おお、久し振り。どうしてたん?」
と言うものでした。一年前、僅かの間しか通っていなかった
自分を覚えていてくれたのです。純粋な嬉しさと、
申し訳ない様な気持ちが、込み上げて来ました。
 そして、自分は再び、ダルクに繋がる事が出来たのです。
現在、自分は薬が止まって、約2ヶ月。
僅かな時間ではありますが、去年の自力で止めた11ヶ月
などとは、比べものにならない、貴重で大切な時間に思えます。
 大阪ダルクとスタッフ、そして、なかまに感謝!

                              Y











2009年3月12日木曜日

ディケアの引っ越し

 慣れ親しんだ東三国のディケアが移転します。
元レストランの丸テーブル、広い厨房。
ミーティングもし易く、みんなで昼食を作るスペースも
十分な、日当たりのいい場所、、、。
 夜中に空き巣に遭いました。3月末でこの場所ともお別れです。
色んな出逢い、想い出が一杯、詰まった安心できる 薬物依存者が集える受け皿です。
 今、新しい受け皿を求めて、探しています。
いい物件が有っても、なかなか見つかりません。
 自分自身も、以前、三河の地で40件程、物件を廻り、不動産屋を片っ端から
飛び込みました。「いい活動ですね。」「でもご近所の事を考えると、、。」
 近くに原発か米軍基地や精神病院が出来るかの様に、
皆さん、口を揃えて同じ理由で、断られ続けられました。
 諦め掛けた頃、ダルクに相応しい物件が与えられました。
今回も苦労の中で、きっと相応しい場所が与えられると 信じています。
 引っ越しの準備も始めるところです。
次の移転先が決まってませんが、、、。
 「今日だけ」信じて、行動して、委ねる。
 新しい生き方を始めるのには苦労のあとに、
素晴らしいことが与えられるものです。
 桜の花が咲く頃には、新しい受け皿が待っています。


 

2009年3月3日火曜日

拘置所メッセージ

 大阪ダルクに繋がって、早8年が経ちました。去年、何か自分に出来ることはないかと、
施設長に相談し、拘置所に収監されている薬物依存症者に、メッセージを運ぶ役割を
与えて頂きました。ダルクの存在を弁護士さんや、同じ房の人に聞いたという人が、
ダルクに手紙が送られてきて、その人達にダルクの説明や、自分も薬物依存者で
ある事、そして、自分の力で何をしても止められなかった薬が、ダルクに通って、
薬が止まっていったことなどを伝えています。
 刑務所にこれから行く方がほとんでですが、繋がる以前の私と同様、みんな不安で一杯
なのが伝わってきます。そして、本当に薬物を止めたいという気持ちが伝わってきます。
面会時間は短いので、お話できる時間は限られていますが、その後、手紙のやりとり
などをして、お話出来なかったことなどを綴っています。
 「不安で一杯だったけど、少し希望も見えてきて、出所したら、ダルクに行きます。」
などと聞くとやはり嬉しく思います。
 私は精神科のドクターに大阪ダルクを紹介してもらい、絶望のどん底から、
ダルクに通う内に希望が見えました。初めは薬物の止め方を教えて貰いたかったの
ですが、そんな物はなく、ただ、ダルクのプログラムは効いた事と、希望の溢れている
場所だという事を知ってもらえれば何よりです。
 何通もの手紙がダルクには来ます。本当にまだまだ苦しんでいる薬物に問題を
抱えた方がいてることを痛感しています。そんな中でもダルクに繋がれる人は、
一握りかも知れません。だからこそ、自分が救われたダルクという所を、一人でも
多くの人に伝えていければと思います。
 これまで面会して来た人、手紙のやりとりをしてる方が出所後、ダルクに
来てくれれば、それ程、嬉しいことはありません。
 そして、これからも面会に行く人にも、ダルクという所があることを知って
貰えれば幸いです。
                                            りゅう

2009年2月28日土曜日

出逢いの中で

 駅前、公園、花屋さん、、、。色とりどりの花が咲き始めました。
春が少しずつ近づいています。日も長くなり夕焼けが美しく感じられます。
「美しいものを 美しいと想える あなたの心が美しい」

 先日、慣れ親しんだ名古屋のNAバースデーミーティング(なかまのクリーンを分かち合う)
に参加してきました。大阪のなかまと一緒に。なかまは違う土地での出逢い、
再会を笑顔で分かち合っていました。
自分は居心地の良さと愛されている実感を感謝しました。
それと共に、過去の土地になっていることに気づきました。
大阪で新しい人生が進んでいることを実感できました。
18年前の出逢いを経て、今回、呼んでくれたなかまにありがとう。

 トルコにいるなかまの夢を見ました。あくる日、そのなかまから国際電話がありました。
イスタンブールダルクの責任者のなかまです。また、偶然ではない必然を体験しました。
遠い土地で新しいことにトライし続けるなかまに勇気を貰いました。

 先月、講演させて頂いた八尾市立高見中学校の生活指導の先生が、
大阪ダルクまで来て頂き、生徒さんの感想文を持ってきてくれました。
冊子にまとめ、そのままの文章で、、、。
 みんな、真剣に聴いてくれていたんだなぁって嬉しく想いました。
薬物の恐さ、周りの人たちまで巻き込み悲しませることがびっくりしたと綴られていました。
「自分を好きになること」「自由の中に責任があること」も伝わっていました。
「自分も空を見ることが好きです」「息子さんを大切に頑張って下さい」など、
親しみと気遣いの言葉も嬉しい感想でした。
いろんな出逢いの中で、活かされています。また、お逢いしたいです。

 自分の力で生きようとして薬物が必要になりました。
今は、新しい出逢いを繰り返すことで、変わる勇気とやる気を貰い、
背中を押して貰うことで、進むことができます。
 「とりあえず、やってみること」そんなフレーズが浮かびました。

 出逢いは自分の足を使えば、目の前に拡がっています。

2009年2月15日日曜日

自分の中に潜む魔物を呼び起こさないように

 ダルクに繋がって6年になります。過ぎてみればあっという間の年月です。
自分にとっては様々な苦労があり、振り出し、マイナスからのスタートを何度も切りました。
 一年程前は強制退院になり、施設の寮には戻れず、ドヤ(簡易宿泊所)で
数ヶ月間を寝泊りし、自助グループに通っていた時期もありました。
 この時は、ダルクやNAのなかまに逢うのが楽しみで、ミーティングがあることで救われ、
別れるのが惜しくて、よくファーストフードや銭湯に寄ってはなかまと分かち合い、
笑いも出せる時間を過ごしていました。その時、なかまと離れていれば、自分は
暗闇に消えていたでしょう。もう、戻って来れなくなっていたかも知れません。
 しかし、ドヤへ着いてなかまの見えない所では寂しく、辛く、時折恐れを感じる
こともあり、部屋の明かりを付けることすら出来ず、テレビの明かりを頼りに
「平安の祈り」のしおりを手にし、涙を流した日もありました。疲れ切って気力を失い、
もうギブアップしようかぁ、、、と欲求も湧いた時もありました。体は疲れているのに
頭の中は覚醒して、なぜか今の生活を不満に思い、自らの生活を整えられない自分に
腹立たしさが出たことも、、、。
 そんな時、スタッフに電話をして、なぜか沸き立つ怒りをぶつけて、話を聞いて貰いました。
僕は怒りの処理の方法が、まだしっかり掴めていなくて、溜め始めてしまうと、
感情の器いっぱいになり、自暴自棄になった先には、衝動的な行動をとってしまい、
薬物を使ってしまうケースが多いのです。
 感情を表に出したり、思っていることを言葉にする意思表示が苦手な僕は、
溜めると危険と認められるように成れて来ているので、ミーティングの場だけではなく、
普段から周りのなかまに極力、話すようにしています。
 なかまの様に笑顔がある、素面の楽しい、新しい生き方を自分もしたいと
願い祈る毎日、今日だけ、なかまから離れず、ミーティングに導いてくれた
ことに感謝、、、。  
 自分の中に潜む魔物を呼び起こさないように、少しづつ時間を賭け、
そのこともミーティングで話せるようにしたいです。
 かつての自分を振り返ると同時に、今、前を向いている自分を確かめ、
それをバネにして、回復して行きたいです。  
                                  R


   


茶道プログラムの大塚先生より

 御茶のプログラムの時、メンバー全員に芳名録に筆ペンで、
名前を記入してもらっています。
 「上手く書こうとしないで!!。」普段、筆を持つ事もないのに 、
上手く書けるはずがありません。とにかく人はこんな時、カッコつけたがる
もの、、。無心に紙に向うには、或る程度の訓練が必要です。
 「肩の力を抜いて!腕の力を抜いて!背筋、伸ばして!手の力を抜いて!。」
「お箸の時はもっと軽く、持つでしょ!筆、垂直にまっすぐに!。」など、
大声で怒鳴っていると、まるで調教の様です。

びわこダルク6周年フォーラムの時、 メンバーの万葉集の短冊を展示しました。
「へぇー、マンヨウシュウ?」 「ダルクのメンバーの?」
皆さん、けっこう興味深く、御覧になってました。
 御茶室の入口には芳名録を置いて、皆様にも御名前を書いて頂きました。
和紙、筆ペンにはビビリ気味で、「貴方、書いといて、、、。」状態。
皆さん、逃げ腰の方ばかり。あとは団体でドカドカと入っていかはりました。
 それから較べたら、大阪ダルクのメンバーが名を書く事に関して言うなら、
静かで落ち着いて、なかなか姿勢も美しい。「やりまっせ、割と!!。 」
 これが御茶のプログラムのスタートなのです。

ところが、どっこい 静かで落ち着いた時間は、
そんなに長く続きませんし 、続かせません。
それがダルクなのです。さて、次回は何が出るやら、やれるやら。
 お楽しみに、、、。





 

2009年2月12日木曜日

三重ダルク10周年フォーラムに参加

 2月11日、大阪ダルクスタッフ、メンバー総勢21名で、
三重ダルクフォーラムに参加して来ました。9時半にダルクを出発!!
 春の陽気を感じる心地よい空が拡がっていました。
午前中はシンポジウム「ダルクのこれからと地域連携」
シンポジストとして、大阪ダルク代表 倉田 めばも参加しました。
「自由な共同体」「開かれた共同体」「人間として深さを持つ事」
ダルクをやっていく上で大切に思っていること、、、。
自由の中での責任の重さ、深さを感じました。

 午後からはダルク創設者の近藤 恒夫氏の講演。
ユーモアの中に、鋭い洞察力と厳しい指摘。創生期の話しは
21年前の自分自身の東京ダルクでの体験が蘇りました。
自己中心的から霊的目覚めを経験し、「自分を赦す事で、人を赦す事。」
「自分の痛みを話す事で、人の痛みを感じる事。」
今回のフォーラムでダルクの原点とこれからを考えさせられました。
 
 フォーラムは出逢いのチャンス。メンバーが緊張しながらハグをする姿は
美しい光景です。自分も懐かしいなかま、新しいなかまとの出逢いが出来ました。
 I can’t we can! 
 「また、何処かの場所で元気に逢おう!」そうなかまとハグを交わしながら、
大阪のメンバーと共に、帰路に着きました。心地良い疲れと希望を分かち合い、、、。
 三重ダルク10周年、おめでとうございます。      感謝!!
 
 

2009年2月6日金曜日

初めましてアキラです。

 私は去年の10月末に逮捕されました。これまでに2回逮捕され、
今回が3回目です。逮捕される度に深く反省し自分の行いを悔い、
2度と手を出さないと心から誓うにも関わらず、同じ過ちを繰り返してしまう。
 自分は精神的に弱いんだと、ただひたすら自分を責めるばかりでした。
しかし、そんな自分が信じられなく、3回もあったのだから、4回目もあるんじゃないかと
いう不安に苛まれる毎日でした。
 今回、逮捕前までしていた仕事の引継ぎと、少し前に別れた息子に一目逢ってから
と、実刑を覚悟していた自分は、保釈申請し受け入れられました。そんなある日
弁護士さんから、ダルクという薬物依存症から回復する為の施設があると聞き、
藁をも掴む思いで指定された日に訪ねました。正直、不安もありました。
薬の良さを知っている人達の集まる場所に行って、再使用のきっかけに
なるんじゃないかと、、、。
 でも何より薬物と縁を切って、自分のこれからに自信を取り戻したいと
いう思いでした。スタッフに今までのことを洗いざらい話しました。
 その時、スタッフの「わかるわぁ。」という一言で背負っていたものが、スッと軽くなった
のを憶えています。
 初めてミーティングに参加し、話し終わった後になかまからの思いがけない
拍手が温かく感じました。それから、ミーティング漬けの生活が始まりました。
 刑務所に行くことへの不安、子供に逢えない淋しさ、、、。
様々な不安や問題が湧いてきます。その一つ一つをミーティングで話して行きました。
例え答えが出なくても、思い気持ちが軽くなったり、吹っ切れたり、
随分、助けられています。ミーティング以外にもなかまと作って食べる昼食、
カラオケや銭湯。同じ釜の飯を食う、裸の付き合い。大切なんだなぁって
つくづく思います。特に自分は運動が好きなので、京都ダルクとのソフトボール
の試合が決まった時は、目標ができ練習にも気合いが入りました。
 何か青春ものみたいで恥ずかしいですけど、みんなで声を出して
練習して、汗を流す。こんな些細で普通のことが、最近楽しく感じられる様に
なりました。
 生き急いで来た様に感じる自分にとって、ゆっくりと歩くことで、
今まで気づかなかった景色、自分の心が新鮮に感じます。
 薬がなくても、こんなに楽しめるんだと、、、。ありがとう。
 

2009年1月29日木曜日

茶道プログラム

 今日は三月下旬の暖かい一日になりました。今年は寒い日
が多く、春が待ち遠しい今日この頃です。
最近のダルクでの昼のプログラムは、身体を動かすこと
「ソフトボール」が中心になっています。今日もみんなが元気に
声を出しながら、準備運動から、、、。
 自分は先日、恥ずかしながら、肉離れを起こしました。
準備運動の大切さを身を持って体験してしまいました。
身体とこころの健康を取り戻す事は、自分たちにとって、
薬物を止め続ける為の、大切な要因のひとつです。

 こころの健康のプログラムとして、「茶道」は役立ちます。
大阪ダルクでは、月に一度、大塚先生に来て頂き、行っています。
 挨拶、作法、厳しさ、、、。全てが役に立つことです。
姿勢を正して、筆で自分の名前を書くことから始まります。
こころが引き締まります。着物に着替えたなかまが、
点てたお茶を配ります。表面に小さな泡が点つようにするには、
練習が必要です。「ご相伴いたします。」「どうぞ。」「お先に戴きます。」「どうぞ。」
 程よい緊張感を味わいながら、2時から4時頃まで、
みんなが真剣に取り組む姿は、美しいものです。
 大塚先生のご指導のもと、毎月の様に新しい利用者が
加わりながら、前からいる者が新しい利用者へ、、、。
 ダルクの大切なこころの交流です。
 

2009年1月23日金曜日

初めまして、依存症のシンヤです。

 現在、大阪ダルクのグループホームに入寮中です。
昨年の二月から入寮したので、もうすぐ一年になります。ダルクでの生活は
朝9時30分ぐらいに寮を出てダルクにいき朝のミーティングお昼ご飯を食べて
お昼のミーティング、夕方5時ぐらいにダルクを出て,自助グループのミーティング
の繰り返しです。
 こんな事してて何が変わる?意味がないと思っていました。何ヶ月が過ぎて毎日、
ミーティングに行っている内に仲間が増えたり、減ったり、出会ったり、別れたり、
親や友人には話せない事が話せたり、愚痴を聞いたり、話せたり、友人ではなくて、
仲間がたくさん出来ました。
 刑務所に行った仲間、地方のダルクに行った仲間、いなくなった仲間、自助グループの仲間、
ダルクの仲間、正直、毎日同じ顔でしんどい時が有りますが、心の支えになっています。
シンナーや覚せい剤の欲求はまだまだ有りますが、今日一日薬を、使わない生活は、
本当に面白くないですが、生活費を貯めて競馬をしたりパチンコをしたり、ピアスを開けたり、
して遊んでいます。依存症の私には、何かに依存していないと、生きていけない。
 やり過ぎてしまう。競馬の事で頭がいっぱいで夕食はインスタントラーメンを食べて、お金
貯めたり、もっといいものに依存しないと思うのですが、競馬、パチンコ、なかなかやめられません、
やめる気がない?新しい事がしたいと思い、今度パソコン教室に行く予定です。薬は一人では
やめ続ける事は出来ませんでした。これから先も一人ではやめ続ける事は出来ません、
仲間達と一緒に今日一日でやって行きます。これからもよろしく。








2009年1月16日金曜日

学校講演を体験して

 1月16日、八尾市立高美中学校の講演に行って来ました。
前以って、何も話す内容を考えず、(無責任ですが、、、。)ダルクの説明以外は、、、。
 生活指導の先生が打ち合わせに来られたとき、熱血で汗を掻きながら話されている姿に、安心感を
抱きました。この先生がおられる学校なら、きっと、その場になった時、自然に言葉が浮かんで来るだろうと感じたからです。
 当日、校門を入ると、先生の姿が遠くに見えました。2回目にも関わらず、昔から知り合いである様な
感覚でした。不思議です。校長先生にお逢いし、3月で定年とのこと、、、。厳しさの中に気さくさを受け
、またまた安心しました。
 体育館に入り、400名の生徒のみんなの、興味深そうな視線を感じながら、準備された場所へ。
始めは緊張しましたが、みんなの顔を眺めながら、自然に言葉が浮かんで来ました。眠そうにしている
生徒さんを、先生が起こす姿を見て、思わず「起こさないで上げて下さい。」と、云ってしまいました。寝るのも自由、聴くのも自由、、、。自分がダルクに行ったときに云われたことです。薬物を使うのも自由、
使わないのも自由、、、。今はその言葉の深さを身に沁みて感じます。自由には責任があるということ
を、、、。自分の薬物体験とダルクに繋がることが出来てからの経験を、最後まで静かに聴いてもらう
ことが嬉しく想いました。
 新しい出逢いが出来たことを感謝し、薬物は身近に存在すること、特別なことではないことを、ちょっとでも伝えることが出来たなら幸いです。
 話しながら、自分が何かを貰えたなぁって、今回も感じながら、青空の中、心地よく帰路に着く事が出来ました。

2009年1月13日火曜日

先日の新聞記事から

 年明けに新聞を読んでいると、興味深い記事に目が留まった。法制審議会(法相の諮問機関)の記事である。「社会奉仕命令」と「一部執行猶予」の制度が日本で初めて導入されるとのこと、、、。
 対象には、薬物犯罪の受刑者などを想定。薬物のない刑務所内では再犯の恐れがないことから、むしろ、社会の中で誘惑に負けない力を育てると云う発想だ。
 薬物依存からの脱却を支援する団体で、尿検査やカウンセリングを義務つけることを検討している。
 この記事を読みながら、一歩ずつ、前へ進んでいるんだなぁっていう印象と、国がやるべきことを、又、民間の支援施設にかぁっていう気持ちだった。支援、サポート、受け皿にはお金の問題が、現実として横たわる。でも、今、自分が利用者、保釈中の通所者、刑務所の薬物教育プログラムに関わる中で、一陣の光であることは間違いないと願う。
 ここまで進むまでに、色んな方の努力と時間を費やしたことに感謝します。
 利用者の裁判を控えている今、司法がこの法制審議会の動きをどう受け止めているのか、今日も祈ることしかできない無力の自分がいる。”行動しておまかせ”そんな言葉が空から聴こえた、、、。

2009年1月8日木曜日

あけましておめでとうございます。

 2009年が始まりました。大阪ダルクは元旦からスタートです。
いつもの顔で新しい年を迎える事が出来ました。
おせち料理を食べながら、しらふで迎える「今日一日」です。
 2日は恒例のボーリング大会。みんなの笑顔、負けず嫌いの真剣な顔、、、。
しらふで楽しむことに慣れていくことも、新しい生き方の練習です。照れながら、、、。
 あくる日は、大阪天満宮への初詣で。前日の筋肉痛を心地よく感じながら。
ある利用者が云いました。「しらふで初詣でなんて、何年振りやろー」「よかったやん」
 日常の当たり前の出来事が、自分たちにとっては喜びであり、驚きであり、緊張することなんです。
こうして三が日が過ぎて行きました。6日は厄年のなかまと共に、門戸厄神に厄払い。
 利用者全員、与えられた命を落とすことなく、年を越すことが出来ました。
今年も、頭で理解するよりも、心で色んなことを感じながら、みんなでいい年を過ごしたいものです。

 寒くなりました。風邪が流行っています。お身体を大切に、、、。
いつも、ご支援、ご協力ありがとうございます。本年もよろしくお願いいたします。