2009年11月29日日曜日

大阪ダルク感謝の集い

 11月28日、十三の聖贖主教会にて、「大阪ダルク感謝の集い」が
行われました。
 準備が始まったのは、10月初旬。ダルク創設から、ご協力して頂いている
宇野牧師のご好意により、会場が与えられました。感謝致します。

 前日から、ダルクにて、利用者が料理作りに頑張っていました。
メニューも決め、作っている姿は楽しそうでした。いい顔を見せて
貰えました。
 午後1時から始まった頃には会場はいっぱい、、、。
利用者みんなが緊張しながら、話していました。
支援者、家族の方の話しも聴けました。
「絶叫紙芝居」は一瞬、びっくりしましたが、笑えました。
 テーブルを囲みながら、家族の方が作ってくれた料理も美味しく、
楽しい時間を過ごす事が出来ました。
話す側と聴く側の距離が近く、アットホームな癒しのある集い
だったと想います。
 なんか、懐かしい原点に戻れた様な体験が出来ました。
新しい出逢い、再会を喜びながら、みんなの笑顔がそこには
ありました。
 
 会場をお貸しして頂いた聖贖主教会の方、
料理を作って頂いた家族の方、
当日、献金、献品をして頂いた方、
感謝の集いに来て頂いた方に感謝致します。ありがとうございます。

 準備からみんなで終えることが出来きたことが一番の感動です。
今度はクリスマス会ですね。
 
 
 

2009年11月25日水曜日

岐阜ダルクフォーラムに参加して

 今日は日差しが温かく、神崎川でもカモメ、カモ、鵜など、
いつもより多く日向ぼっこしていました。
 自分は利用者と一緒に階段に足を乗せて、腕立て伏せ。
回数を数えずに、自分で決めずに、崩れるまで。

 11月23日、大阪ダルクから9名で「岐阜ダルクフォーラム」
に参加して来ました。去年と同じ、金華山の観える、長良川沿いの
会場。円卓を囲んで、沢山の方が参加していました。
 施設長の遠山 香さんの笑顔が印象的でした。いつもの笑顔です。
温かい空気に包まれながら、開設準備フォーラムから参加している
自分にとって、嬉しく、感慨深いものを感じます。
 17年、愛知県にいた自分の第二のふるさとです。
握手、ハグの回数以上にパワーを貰うことが出来ました。
感謝です。
 初めて参加する利用者にとっては、緊張と戸惑いと感動と、
色んな想いを感じることが出来たと思います。
自分にもそんな経験があるので、わかります。
なかまとの出逢いと体験を通じて、希望と経験を分かち合う。
みんないい体験が出来ました。

 自分は一人残り、夜には自助グループのミーティング。
ちょうど、知っているなかまの4年のバースディミーティングでした。
いい顔をしていました。ここでも、分かち合いが出来ました。
その後、久々にバーベルを上げました。思ったより上がったので
ほっとしました。日頃の懸垂の成果かな、、、。
自分の変化はなかなかわかりません。
目に見える身体の変化、体質の変化を感じるのは、
自分たちには必要なのかも。

 あくる日は名古屋刑務所にいるなかまの面会に行きました。
1年3ヶ月ぶりらしいです。なかまが覚えていました。
いつも、手紙で力を貰っています。「自分の今はこれでいいのか?」って
思ってる時に手紙が届きます。「さとしさんはそのままでいて下さい。」
その言葉に肩の力が抜ける自分がいます。有り難いものです。
 なかまは目に涙を浮かべながら、笑顔で迎えてくれました。
話さなくても、目を見るだけで、心で話すことが出来ます。
今、ブログを打ちながらもなかまの顔が浮かびます。
「ダルクに戻るときは宜しく。」と云うことばに勇気を貰い、
居続けることの大切さを改めて、想うことが出来ました。
ありがとう。

 さて、11月28日は「大阪ダルク感謝の集い」です。
すでに準備が始まっています。今から、出逢いが楽しみです。

2009年11月19日木曜日

やったぜ!準優勝!!

 寒い日が続いています。いきなりダウンジャッケットを
出して来て、着ています。11月の最高気温が10℃を
切るのは17年ぶりだとか、、、。><
紅葉は一気に進めましたが。
 のりぴーはソーシャルワークの資格を取得する為に、
学校に見学に行ったようですね。更生の道を祈っています。

 さて、11月18日に「スポーツふれあい交流会」が開催され、
大阪府立体育館にて、ソフトバレーボール交流会に参加して来ました。
19チームを4コートに分け、大阪ダルクは4チームの総当たり戦に。
初戦は練習不足、サーブレシーブの苦戦で、惨敗。
 2戦目は腹ごしらえもでき、チームワークも芽生え、勝利。
声を掛け合うこと、みんなが楽しめること、大切です。
自分はもっぱら、応援係り^^。声だけ一番。
 3戦目は優勝候補のチームが相手。1セットを取り、
2セット目はラリーの応酬、、、。惜敗したけど、引き分けに。

 閉会式、なんと準優勝。ばんざーい!!。
銀メダル、賞状を貰い、みんなびっくり。早速、ダルクに戻り、
壁に飾りました。みんな、お疲れさまでした。
 怪我することもなく、終えたことが一番ですね。
来年は練習して、優勝かな、、、。


  来たる11月28日(土)
 「大阪ダルク感謝の集い」が阪急電鉄十三駅、西へ徒歩10分の

 聖贖主教会にて行われます。午後1時~5時の予定で、

 支援者のお話し、利用者の話し、余興を交え、

 感謝の気持ちと共に、お食事をご用意し、お待ちしております。

 お忙しいとは思いますが、是非、ご参加頂ければ幸いです。

 連絡先:大阪ダルク (06)6323-8910まで

         大阪ダルクスタッフ、利用者一同

 

2009年11月13日金曜日

メッセージ

 ひと雨毎に季節が変わって行く。
雨の後は空気が澄み、神埼川を歩く時、六甲の山並み、
反対側には生駒の山並みが観える。寒いけど清々しい。
 懸垂に加えて、階段に足を載せて、腕立て伏せも始めた。
一緒に歩いている若い利用者が「さとしさんもせなあかんよ」って。
「与えられたら受け入れる。」スポンサー(自助グループでの相談者)の
メッセージである。
 「単調でつまらないことを続けること。」空からのメッセージが聴こえる。

 夜のミーティングの後、天王寺でみんなとお茶しながら、
イルミネーションを観た。「来年は彼女と来たいなぁー。」
ひとりの利用者が云った。「叶うといいね。」みんなで笑い合えた。
一緒のときを過ごすこと。それなら出来る。

 きくこと、、、。「聴く」と「訊く」 耳で聴き、判らないことは訊く。
当たり前のことから始まるメッセージである。なかなか難しい。


 2ヶ月掛けて5日間、相談支援従事者初任者研修に参加した。
5ストレングス、インテーク、アセスメント、モニタリングets、
何十年ぶりに勉強しただろう。脳ミソを使って疲れた。(笑)

 当面の個々の課題(小目標)将来的な希望(大目標)が見えてくる。
薬物で夢も希望もなくなり、自分にうんざりした時は無くしていた。
 今は身近な目標も、先の目標もある。
利用者にも同じことをよく伝える。「優先順位」が大切なことも。
今回参加して、改めて確認できた。

 薬物が止まり始めると、しらふの自我が目覚める。
人としての欲求が目覚める。戸惑うが自然である。
そのとき、「優先順位」が判らなくなる。

 自分の周りには色んな「メッセージ」が転がっている。
今日はどんなメッセージを拾おうか、、、。

2009年11月5日木曜日

「まだ生きていいんだ」

 すっかり寒くなりました。ダルクも扇風機を片付けて、
すぐに暖房をつけるというおかしな天候です。
 11月1日(日)の雨を期に冬が訪れたようです。
その日、枚方の教会で恒例のバザーが行われました。
朝早くから、スタッフ、利用者が集まり、準備から始まりました。
青空の中、始まりましたが、午後から急な雨。
 雨を凌ぐのに大変でしたが、用意していた傘が完売しました。
ご協力、ありがとうございました。

 その日は「リカバリィハウスいちご」さんの10周年フォーラムも
開催されました。「一期一会」から採った名前だそうです。
会場は歴史を感じさせるように、支援者、関係者、利用者で
埋め尽くされていました。
 改めて、続けることの大変さ、尊さ、想いの強さを
貰う事が出来ました。感謝です。
 施設長の佐古さまの涙に深さを感じさせられました。
依存症、障害者にとって、社会の中で生き続けるのには、
行政、司法、医療などの繋がりがないと夢と希望がありません。
 永遠のテーマですね。
メッセージとして、理解してもらうのではなく、伝え続けることしか
ないと、今更ながら、、、。

 「リカバリィハウスいちご」さま、10周年、おめでとうございます。

 今回のダルク利用者のメッセージは通い続けて3ヶ月のショウです。
昼の食事には率先して、美味しいものを作ってくれています。
賑やかななかまです。

      「まだ生きていいんだ」        ショウ
 僕はダルクに繋がって今、あっという間に3ヶ月が過ぎました。
自分を投げ捨てて、「少しずつ自殺していた」去年からは想像できない
毎日を送っています。
 人とはちがう「重荷」を抱え込んで生きてきた分、孤独感を
何倍も持ち合わせてしまい、結局は家族に数々の迷惑を
かけてしまいました。
 自分は男性も女性も愛することが出来る奴で、10代は女性中心、
20代から今までは男性中心、ダルクに繋がってからはどちらも
恋愛対象になる、自分でも不思議だなぁと思う今日このごろです。
 その悩みはずっと誰にも言えず、当時、ゲイの中でよく使っていた
「合ドラ」にはまり、7~8年使っていました。今は違法ドラッグに
なっていますが、ほぼ毎日、使用していたような気がします。
 そのような物を使うと、Hがより派手になっていき、無茶をしてきた
結果が「HIVポジティブ」の告知でした。
 この「死の宣告」の半年くらい前から「覚せい剤」と知らず
使い始めてしまい、気がついた時には、すでに毎日使っていました。
 家族に自分の性的アイデンティティの事とHIVポジティブの事を
正直に伝えました。しかし、それ以降毎日、母親とのけんかが絶えず、
余計「覚せい剤」に逃げていく日々でした。
 今は逮捕されて、このダルクに来て、心から「まだ生きていいんだ」と
思える日々が続いています。
 自分をこんなにも受け入れてくれて「一緒に回復しようよ」と
言ってくれる仲間、Staffに感謝の一言では言い表すことが
できないくらいの「ありがとう」です。
 ゲイである事、HIVポジティブである事、薬物依存症である事の
3つを抱えていても「生きる」事をやめない今の自分を
少しほめながら毎日、楽しく過ごしたいです。